1. 語源
- 1.1 AAスクール〔Architectural Association School of Architecture〕の学長:ハワード・ロバートソン1932年に自身の著書『建築構成の原理』〔_Principles of Architectural Composition_〕を改訂する際に、その題名を変更して『現代の建築デザイン』〔_Modern Architectural Design_〕とした。それは二十世紀半ばにおける「デザイン」という単語の急激な普及を示している。
- 1.2 アリソン&ピーター・スミッソン「『デザイン』というのは下品な単語」むしろ「{配置|オーダリング}」という用語を好む
- 1.3 語の2つの意義
- 動詞:建物などの物を作るための指示をあらかじめ用意するという行為
- 名詞:二つのはっきり異なる意味
- 1.3.1 {設計図|ドローイング}という形態をとったもの
− イタリア語の「ディゼーニョ〔disegno〕」(ドローイング)から来たもの
− 英語では十七世紀までに、建築家による設計図に対して「デザイン」という言葉がごく普通に使われるようになった
1.3.2 ある指示に基づいて実施に移された作品を指すこと
− ある物を指して「このデザインは良い」と言ったりする場合 - 1.4 イタリア・ルネサンスにおける新プラトン主義的な思潮のなかでの、設計図という意味でも、実施に移された作品という意味でも、広く受け入れられていた
- 1.5 十七世紀の初めにはすでに英語にも定着サー・ヘンリー・ウォットン(『建築要理』〔_The Elements of Architecture_〕(1624)において)ヴィトルヴィウスの「ディスポジチオ〔dispositio〕」という用語の意味を「まさに初発の〈_観念_〉ないしはその〈_デザイン化_〉〔designment〕を、きっちりと十全に表現すること以上のなにものでもない」と説明
2. 両義性
- 2.1 ルイス・カーン:「デザインは、現実化——すなわち形態——がわれわれに命ずるものを、存在へと導くことなのだ」
- 2.2 ポール・アラン・ジョンソン:「建築はプラトン主義の最後の砦である」
- 2.3 「構成」と「デザイン」:この二つの単語は十九世紀を通じて共存し、ソーンの講義(559)にも見られるように、同義語的で交換可能なものとして使用
ex 1)フランク・ロイド・ライト (1931年)
「構成は死に、創造が生き残る」
ex 2)チェコの批評家、カレル・タイゲ
(1929年、ル・コルビュジエの「ムンダネウム」計画〔’Mundaneum’ project〕について)「構成。この言葉によって、ムンダネウムのあらゆる建築的失敗を要約することができる」と非難。 - 2.4 「デザイン」という言葉の普及:− それ自身が設定する両極性と関係.つまり、「デザイン」は、一方で「建てること」とそこに含まれる全てのこと、他方で建築に関しての非物質的なあらゆることとの対比関係を作り出す手段を提供
- 2.5 「デザイン」という言葉の両極性
1726年 レオーニは、アルベルティが『建築論』の冒頭で行った重要な区別を次のように翻訳「建設の技芸の全ては、デザインと構造とによって成り立っている」(1)。
リクワート、リーチ、タヴァナーが最近の翻訳の中(422-23)で指摘
「デザイン」という言葉は——少なくとも二十世紀後半の意味合いにおけるそれは——アルベルティが意図したこととはかけ離れたものであり、彼らはラテン語の原文どおり「lineamenti」という言葉をそのまま使っている。アルベルティによる区別についてのレオーニの言葉の選択は、「デザイン/構造」という言い回しが、十八世紀において、建築という一つの行為の二つの側面を記述するために広く了解され受け入れられたものだったことを示唆している。
3. 「デザイン」という言葉の魅力
- 3.1 自由技芸に加わりたいと切望しながらも、実際には建設の物質性に関わりあい、手仕事や商業的なものに関係せざるをえない職能にとって、自らの作り出すものにおける純粋に精神的な作業の部分を示す単語であるということ.このことが十六世紀イタリアの建築家たちにとっての「デザイン」という言葉の魅力であった。
- 3.2 二十世紀の初めになると、あるひとつの理由によって、手仕事的な内容と精神的な内容とを区別する必要性はますます高まっていった。
4. 建築家の訓練に起こった変化
- 4.1 二十世紀の初めまでは、フランスを除けばどこの国でも(またフランスでも相当程度)、建築家は、実践的な建築家の仕事場で研修生や見習いとして働きながらその仕事を習得。
二十世紀の初め頃、その訓練の場が、ほとんどどこでも、アカデミーや大学や建築学校へと移行。
建築家がその訓練のなかで学ぶことが「実践」ではなく「原理」になったこと。生徒がその訓練のなかで「作り出す」ものは「建築」ではなくドローイング——一般に言われるところの「デザイン」——になった。精神の産物としての建築——教育されるもの——と、物質的世界に結び付けられた実践としての建築との分離は、このとき初めて目に見える現実として出現。
5. グッドデザイン
- 5.1 イギリスにおける「デザイン」という言葉の別の意味
− 日用品や消費物に関連したかたちで、つまり「グッド・デザイン」というような表現で用いられていた。
− 1937年、ニコラス・ペヴスナー
「我々の周りにあるこれらの粗悪なデザインと戦うことは、道徳的な義務となっていた」
「第3講 デザイン Design」への463件のフィードバック
コメントは停止中です。