第8講 関係の規則 人間と妖怪 – parts

Diane Arbus
“Identical twins, Roselle, N.J.1967”
An Aperture Monograph

建築に限ったことではないのだが、表現行為とは、およそ、その全体性を構築することから始まる。文章を書くのだって、絵を描くのだって、全体の構成なり構図なりがあって、それを決めてこれからやることの全体観をつかむのが最初である。

建築などその最たるものでその全体の輪郭線を決定するのに建築の歴史が始まって以来、様々な手法が編み出されてきた。その多くは比例理論というものであり、そしてその大半は人体の大きさを基本にし、数学的に比例関係を作り上げるものであった。さてしかし、この全体性に異を唱えた人がいた。原広司である。その透徹した論理で建築を常に牽引してきた氏の30年近く前の著作『建築に何が可能か』の中で氏は全体から部分へ向かう建築の作り方に抗して、部分から全体へ向かう作り方を提唱する。

その時、彼の考えをサポートしていたのはこともあろうにコルビュジェであった。もちろんモダニズム建築と言うのはそれまでの様式建築のもっていた比例理論を廃し、「Form follows function」をそのバックボーンにおいたのだから分からないではない。しかしコルはモダニストの中では数少ない比例理論の継承者であった。言うまでも無く、『モデュロール』が彼の比例理論の集大成である。科学的な近代人を目指すコルビュジェにとって全体は科学的に決まらなければならなかった。しかし、彼は一方でアンビバレントに部分部分を別個に作り上げる、部分建築の作り方としての「近代建築の5つの教え」をも開発したのである。

さて、かく言う自分にとっても建築部分論は魅力的である。それは表現形式の中でも建築が持つ特性に起因する。それは建築の内外性である。内外性とは(僕の造語だが)、建築は彫刻と違い、外側と内側があるということだ。そして、この二重性が部分を強く浮上させる。

全体性は確かに、外側からは見渡せるものだが、内側からは認識しづらい。そして内側に入ると、部分が五感を刺激する一方、全体観は把握されにくい。建築は人との間にこうした関係を結ぶ宿命を持っているのである。つまり、部分は建築体験の半分を担う表現の強度を内在させているのである。

I 人間建築の系譜
−比例理論の系譜
a, ヴィトルヴィウス
b, ヴィニョーラ
c, ハンビッジ
d, モーゼル
e, コルビュジェ

II 妖怪建築の登場
−原広司の部分論
−『建築に何が可能か』
i. コルの開いた全体性
ii. 部分の個性化と統一のためのファンクション

III 妖怪人間ル・コルビュジェ
−妖怪建築宣言

IV カーンの形式

VI 妖怪の分析

V 人間のような妖怪
−サカウシの窓論
a, 連窓の家
b, #2
c, #3

《参考文献》

[A]…講義の理解を深めるために是非一読を(入手も容易)。
[B]…講義の内容を発展的に拡張して理解したい人向け。
[C]…やや専門的だが、面白い本。
[D]…やや専門的かつ入手困難だが、それだけに興味のある方は是非。

  1. 柳亮、1965『黄金分割 ピラミッドからル・コルビュジェまで』、美術出版社 [B]
    ● 比例理論の歴史と黄金分割の概説書。
  2. ウィトルーウィウス(Vitruvius Pollio, Marcus), 1979(前1世紀)『ウィトルーウィウス建築書』(森田慶一訳)、東海大学出版会 [C]
    ● 世界で最も古い現存する建築論。
  3. Veronica Biermann, 2003 “Architectural Theory”, Taschen [D]
    ● ルネサンス以来の世界の建築理論の概説書(とても便利)。
  4. ジョン・サマーソン(John Summerson), 1976(1963)『古典主義建築の系譜』(鈴木博之訳)、中央公論美術出版 [B]
    ● 古典主義建築のオーソドックスな概説書(私が留学中、ジェンクスが教科書として使っていた)。
  5. ル・コルビュジエ(Le Corbusier), 1976(1948)『モデュロール』(吉阪隆正訳)、鹿島出版会 [C]
    ● コルビュジェの比例理論の集大成。
  6. 原広司、1967『建築に何が可能か』、学芸書林 [B]
    ● 有孔体理論確立の書。
  7. 原広司、1976『空間<機能から様相へ>』、岩波書店 [A]
    ● 日本人によるまともなモダニズム批判。
  8. フレドリック・ジェイムソン(Fredric Jameson)、1998(1994) 『時間の種子』(松浦俊輔+小野木明恵訳)、青土社[B]
    ● 後期資本主義のポストモダン分析。
  9. 坂牛卓、2002「窓を巡って」、『建築技術』2002年2月号 [B]
    ● 部分を拡大していくことの視覚的意味と効果を論じた作品論。
  10. ヴィンケルマン(J. J. Winckelmann)、1976(1755)『ギリシア美術模倣論』(澤柳大五郎訳)、座右宝刊行会 [B]
    ● 18世紀の視線をギリシャに向かわせた古典的名著。

第7講 関係の規則 重箱と平皿 – flatness

Donald Judd “Untitled” 1989.

Donald Judd “Untitled” 1972.

アート界では村上隆が東浩紀の援護射撃のもとスーパフラットを唱え、社会を見渡せば、右へ倣えで、どの会社も明確なヒエラルキーを消しフラットな組織作りを目指している。価値の多様化を尊重すればお山の大将は不要であるどころか悪であり、堅固な真実を歌うほど時代遅れに見えることはない。

だから建築も平らにという理屈は分からないではない。建築は社会の鏡なんだから。

しかし、建築ってそんな簡単に社会の鏡か??会社の組織論と同列の地平で語りうるのか??そうした疑問が実はこの何年か僕の心の奥にあった。

そして最近これは違うと思い始めた。社会やアートが平らだから建築が平らなのではない。建築が平らなのは別の理由からだ。と。

そう思うきっかけを作ってくれたのは、コールハースの”generic”という概念である。つまり普通ということ。あるいは無印ということ匿名的ということ。コールハースのこの概念自体はおそらく10年以上も前に彼が世界の大都市を見ながら唱えていたことであるから別に目新しいものではないし、そうした概念の延長上にミースをおいて、だからミースはかっこいいと言っていた訳だ。

コールハースの言うことがいつも正しいわけではないけれど、ここのところの時代のつかみ方は共感できる。つまり現在の都市の楽しさのひとつには自分を溶解させられ、自らの主体を匿名化できる都市の空気のありようが挙げられる。ネット社会の匿名性にも通ずるのだが、こうした「僕責任とりません」的な安易さにも後押しされながらも、現実と虚構の狭間を浮遊する快感はこの匿名性無しには得難いものである。

そして建築は、この匿名性を求めて動いた。その先にある快感を欲した。それがいつの時代でもそうであるかどうかは分からないが、アフタポストモダニズムの建築界ではその方向に建築は動いたのである。動かした力は繰り返しになるが、地滑り的な快感への希求である。

さてそれでは匿名性の建築とは何なのか?建築でそれを作ろうとしたときに、現代においてそれを求めたときに、それは何であり得るのか?コールハースが言うまでも無く現在の建築で最も匿名的なものはカルテジアングリッドである。近代的合理性という亡霊は未だこの世を跋扈し、否定する素振りの仮面の下に常に見え隠れしているのである。カルテジアンなこと。この普通さが匿名性を求める建築の向こう側に置かれたのである。

くりかえすが、時代がフラットだから建築がフラットになったのではない。匿名的な快感を求めたからカルテジアンなフラットな建築が登場したのである。

I 重箱モダニズムの起源
−機能主義建築の系譜− ワーグナーの目的建築論
a, コンサヴァウィーン
b, 原広司の分析

II 重箱モダニスト1
−重箱ミース
−zoned plan
i. 矩形の箱の分解
ii. 諸機能の独立と最適な位置への配置

III 重箱モダニスト2
1)重箱コルビュジェ
a, コルビュジェのドローイング アクソメの多用
b, デ・スティールのドローイング
【コルビュジェ建築の古典性】

IV 重箱モダニストの変貌
1)変貌への契機 −「近代の純化」 フラットプラン

V 非機能性の土壌
−当時の抽象絵画の流れ
a, バウハウス −バウハウス叢書
b, ヴォリンガー 『抽象と感情移入』

VI ちょっと休憩 重箱の巨匠 ルイスカーン
−サーブドスペースとサーバントスペース

VII 現在の平皿1
1)ミースは残ったか?
a, ジェンクスによる攻撃 『ポストモダニズムの建築言語』
b, ポンピドゥーの目指したもの
c, コールハースの登場 −匿名性の評価
d, 妹島和代の目指すもの −固有性の排除 匿名性の自由

VIII 現在の平皿2(重箱的平皿)
1)自由からの逃走?
a, 坂本一成の段々畑
b, 西沢立衛の坪庭建築

《参考文献》

[A]…講義の理解を深めるために是非一読を(入手も容易)。
[B]…講義の内容を発展的に拡張して理解したい人向け。
[C]…やや専門的だが、面白い本。
[D]…やや専門的かつ入手困難だが、それだけに興味のある方は是非。

  1. オットー・ワーグナー(Otto Wagner)、1997(1895) 『近代建築』(樋口清訳)、中央公論美術出版 [C]
    ● モダニズム期ウィーンにおける新旧衝突の中でワグナーの改革精神が伝わってくる。
  2. 八束はじめ、2001 『ミースという神話』、彰国社 [A]
    ● コルビュジェに続く八束氏のモダニズム建築家モノグラフ。斬新な読み取りはコルビュジェ論に変わらず興味深い。
  3. 八束はじめ、1983 『ル・コルビュジェ』、岩波書店 [B]
    ● モダニスト建築家の両義性を暴いたポレミックなモノグラフ。
  4. 山本学治/稲葉武司、1970 『巨匠ミースの遺産』、彰国社 [B]
    ● 日本人による初期ミース論の秀作。
  5. 原広司、1976 『空間<機能から様相へ>』、岩波書店 [B]
    ● 日本人によるまともなモダニズム批判。
  6. 原広司、1967 『建築に何が可能か』、学芸書林 [C]
    ● 有孔体理論確立の書。
  7. エドワード・R・デ・ザーコ(Edward Robert De Zurko)、1972(1957)『機能主義理論の系譜』(山本学治、稲葉武司訳)、鹿島出版会 [C]
    ● 20世紀の産物と思われている機能主義の系譜をヴィトルヴィウスに遡り解説する。
  8. ヴォリンゲル(Wilhelm Worringer)、1953(1908)『抽象と感情移入』(草薙正夫訳)、岩波文庫 [B]
    ● 建築の創造を理解していく上ではとても重要な抽象概念についての解説。
  9. テオ・ファン・ドゥースブルフ(Theo van Doesburg)、1993(1925)『新しい造形芸術の基礎概念 バウハウス叢書6 』 (宮島久雄訳)、中央公論美術出版 [D]
    ● バウハウス叢書はすべて当時のモダニズムの息吹が伝わる興味深い書。なかでもドゥースブルフはもっともラディカルなモダニストであり、その理論は力強い。
  10. ヴァシリー・カンディンスキー(Wassily Kandinsky)、1995(1928) 『点と線から面へ バウハウス叢書9 』(宮島久雄 訳)、中央公論美術出版 [D]
    ● カンディンスキーは画家であると同時に緻密な理論家でもあったことがよく分かる。
  11. チャールズ・ジェンクス(Charles Jencks)、1978(1978)「ポストモダニズムの建築言語」 『a+u』 1978年10月臨時増刊号、エーアンドユー [B]
    ● ポストモダニズムという言葉を定着させた、記念すべき書。
  12. Rem Koolhaas, 1991 “S, M, L, XL”, 010Publishers [B]
    ● モダニズム建築の量の表現力(非表現力)を扱った最初(で最後)の書。
  13. TN プローブ編、2002『都市の変異』、NTT出版 [C]
    ● 都市が建築の対象としてだけでなく、芸術の対象ともなっているその融解した状況説明。
  14. レム・コールハース編集、1995 『レム・コールハースのジェネリック・シティ』、TNプローブ [D]
    ● ゴシップ週刊誌のような装丁のこの展覧会カタログが普通の始まりだった。
  15. 坂本一成、2001『坂本一成 住宅 —日常性の詩学』、TOTO出版 [B]
    ● 建築界で最も緻密な論理を組み立てる坂本の最新の作品と言説(日常性とコールハースのジェネリックはどこかで結ばれる)。
  16. ハインリッヒ・ヴェルフリン(Heinrich Wolfflin)、1961 (1915)『美術史の基礎概念』(守屋謙二訳)、岩波書店 [B]
    ● クラシック(=モダン)を平らだと最初に言ったのはヴェルフリンだった。
  17. 東浩紀/大澤真幸、2003 『自由を考える』、 日本放送出版協会 [A]
    ● 匿名性の自由を考える書。
  18. エルヴィン・パノフスキー(Erwin Panofsky)、2002(1962)『<象徴形式>としての遠近法』(木田元監訳)、哲学書房 [B]
    ● 透視図が時代の精神性を表出する感性記号であると看破。

第6講 形式の規則 大きいと小さい – size

Anish Kapoor, Marsyas,
Tate Modern 2002,
photo John Riddy, London /
©Tate from Anish Kapoor
Marsyas Tate Publishing 2002

その昔「大きいことはいいことだ」というコピーの宣伝が流行った。チョコレートの宣伝だった。食べ物なら確かに同じ値段と味なら大きいほうが魅力的である。そして建築でもそういうことがあるのではないかと最初に思ったのはアメリカに留学中シカゴでシアーズタワー(当時世界一高いビル)を見たときである。110階建て443メートルの建物である。あまりの高さにどのくらい高いのかよく分からない。推し測れない未知性のようなものの中に人を魅了するものがあることを知った。ピラミッドは見たことがないけれどもし見たら同じような気持ちになるのだろうと思ったものである。しかしピラミッドは高さ146メートル、ゴシックの尖塔もだいたい150メートル以下で2000年近く人間の手で作る物の高さの限界値はこのあたりにあったようである。それがどうだろう、近代文明はあっという間にこの高さを凌駕してしまった。人間は突如巨大な物を作れるようになりそしてこの大きさに圧倒されている。そしてこの「大きさ」を「崇高」という概念で美的なものの一員にしたのがカントであることはその後知ることになる。

さてこうした大きさが我々を魅了するのと同時に小ささにも何かがある。言うまでもなく建築的には茶室やらロフトやらというものはそれぞれの使用目的からくる快適性もさることながら、その小ささの持つミクロコスモスに人は惹かれている。また「カワイイ」という既に外国語にさえなってしまった日本語の概念には小さい物を愛でる心理というものも入っているようである。

さて事ほど作用に大きい小さいは建築の一つの重要な性格である。そしてそのことが人間の精神にどのように作用していくのか?建築家の重要なテーマの一つである。

I 巨大性の系譜(モダニズム以前)

1) 墳墓
2) 塔

II 巨大性の系譜(モダニズム以後)

III 崇高性

IV 摩天楼の高度性

1) 摩天楼の動機・技術・受容
2) 摩天楼の塔性

Ⅴ 狭小性の意義

《参考文献》

[A]…講義の理解を深めるために是非一読を(入手も容易)。
[B]…講義の内容を発展的に拡張して理解したい人向け。
[C]…やや専門的だが、面白い本。
[D]…やや専門的かつ入手困難だが、それだけに興味のある方は是非。

  1. ジャン=フランソワ・リオタ-ル(Lyotard, Jean Francoi)、2002(1988) 『非人間的なもの』 (篠原資明・上村博・平芳幸浩 訳) 法政大学出版局 [A]
    ● 現代における崇高論の嚆矢となった書。
  2. Koolhaas, Rem, 1995 “S,M,L,XL”, 010Publishers [B]
    ● 建築界でbiggnessを現代的状況の特質として捉えた最初の書であろうし、その捕らえ方は崇高とはまた異なる。
  3. Nye, David E, 1994 “American Technological Sublime” MIT Press [B]
    ● 技術論と美学を合体させた実証的な論考
  4. スタンレー・アーバンクロンビー(Abercrombie, Stanley)、1996(1986) 『芸術としての建築』 (白井秀和訳)鹿島出版会 [B]
    ● 建築芸術論において大きさを芸術的要素として取り上げる数少ない論考。
  5. Goldberger, Paul 1981 “The Skyscraper” Alfred A.Knopf, Inc. [B]
    ● スカイスクレーパー通史として定評のある一冊
  6. イマニュエル・カント(Kant, Immanuel)、1790 『判断力批判』上巻・下巻 (宇都宮芳明 訳) 以文社 1994 [A]
    ● 言わずものがな崇高論の古典
  7. トーマス・ファン・レーウェン(Leeuwen, Thomas A. P. van)、1986 『摩天楼とアメリカの欲望』(三宅理一 訳) 工作舎 2006 [B]
    ● 摩天楼の高さを人間的欲望の観点から考察した稀有な書
  8. マグダ・レヴェツ・アレクサンダ(Revesz Alexander, Magda)、1953 『塔の思想』 (池井望 訳) 河出書房新社 1972 [B]
    ● 高さへの希求を人間の欲望と社会の象徴という2面から考察した名著
  9. 坂牛卓、1986 「ニューヨークのスカイスクレーパー研究— スカイスクレーパーの高度性に関する研究 —」(修士論文) 1986 東京工業大学大学院提出 [C]
    ● 高さへの希求をクライアントの欲望、建築家の技術社会の受容という3つの視点から立体的に捉えた論考。
  10. 竹内敏雄、1971 『塔と橋』 弘文堂 [B]
    ● 美学者による土木構築物の美学的分析
  11. 篠原一男、2000 『超大数集合都市』 ada. Edita tokyo.[B]
    ● 数学的隠喩を表題とした建築家篠原一男の都市論
  12. 宇波彰、2002 『力としての現代思想−崇高から不気味なものへ』 論創社 [B]
    ● 崇高論の次なる展開は不気味か?
  13. 塚本由春、2003 『「小さな家」の気づき』 王国社 [B]
    ● 狭小地に建てることがいつの間にか彼らの得意技となりそうした状況から必然的に生まれてきたアトリエワンの美学
  14. 四方田犬彦、2006 『かわいい論』 ちくま書房 [B]
    ● キティちゃんをカワイイと呼ぶ裏には小ささがある。

第5講 形式の規則 箱と袋 – shape

第四講義からpart2である。Part2は形式の規則である。形式とは建築で言えば出来上がったもの。素材の集合。そこに現われるのは形状と大きさである。建築に近づくにはもっとも親しみやすい部分であろう。たとえば建築学科の学生が最初に扱うのはまずこの形。何故か?質料性は学生ではなかなか手に負えない。なぜなら教室の中にほんものが見当たらないからである。街に行けば転がっているが、教室には無い。更に大学における建築教育とは縮尺のある図面と模型によるヴァーチャルな世界の中で行われる。だから本当の質料は社会に出て一分の一を作るまでなかなか分からない。

一方関係性は比較的分かりやすいが内容がかなり高度で視覚的に即座に理解できるものではない。そうなると消去法的に残っているのは形式なのである。さてそこで本講は形式の第一として形状の話である。そこで今までと同様に対義語というスケールへの適合を考えるのだが、形状というあまりに巨大で無限な世界を対義語にまとめることが可能だろうか?最初はお手上げだったが肩の力を抜いてふっと昔図面を書いているときのことを思い出した。定規で簡単に描ける形がある一方でとても図面化できそうもないという形があったことを。そしてその間に決定的な差があると思った。それは設計する側にしても、作る人にとっても、そして見たときの印象は確実に全然違うはずである。
I 箱が生まれるまで

1)新古典の登場まで
a, 17c Italy
b, 17c Southern Netherlands
c, 17c England
d, 17c France
e, 18c France

2)ルドゥーからル・コルビュジェまで
−エミール・カウフマン 『ルドゥーからル・コルビュジェまで』
i. J-F Blondel 1705-1774
ii. M-A Laugier 1713-1769
iii. J-G Soufflot 1713-1780
iv. C-N Ledoux 1736-1806
v. J-N-L Dourand 1760-1835
vi. V-L Duc 1814-1879
vii. Le Corubusier 1887-1965

II コルの箱とロースの箱

III 箱が維持されるとき

−コールハースのミース再評価
妹島和世の箱

IV 箱が壊れる時

1)the function of the oblique
a, 斜めは身体に訴える
b, 斜めの教会

2)zoomorphics
a, IBM competition
b, Animal as symbol
c, Animal by function -statics
d, Animal by function -dynamics
e, Animal by accident

V 箱の中の袋 or 袋に入った箱

1)箱の中の袋
2)袋に入った箱 —奥山信一

《参考文献》

[A]…講義の理解を深めるために是非一読を(入手も容易)。
[B]…講義の内容を発展的に拡張して理解したい人向け。
[C]…やや専門的だが、面白い本。
[D]…やや専門的かつ入手困難だが、それだけに興味のある方は是非。

  1. ヒュー・オナー(Hugh Honour)、1996(1968)『新古典主義』(白井秀和訳)、中央公論美術出版 [C]
    ● モダニズムの起源である新古典主義の概説書。
  2. ベルナール・ストロフ(Bernard Stloff)、1996(1977)『建築家ルドゥー』(多木浩二/的場昭弘訳)、青土社 [C]
    ● 新古典主義のなかでも異色の建築家ルドゥーのモノグラフ。
  3. エミール・カウフマン(Emil Kaufmann)、1992(1933)『ルドゥーからル・コルビュジェまで』(白井秀和訳)、中央公論美術出版 [A]
    ● 新古典からモダニズムへの流れがよく分かる名著。
  4. エミール・カウフマン(Emil Kaufmann)、1996『三人の革命的建築家』(白井秀和訳)、中央公論美術出版 [C]
    ● 新古典の中でも幻想の建築家と呼ばれた3人、ルドゥー、ブレー、ルクーを扱った古典的名著。
  5. エミール・カウフマン(Emil Kaufmann)、1997(1955)『理性の時代の建築 フランス編』(白井秀和訳)、中央公論美術出版 [C]
    ● 新古典時代のフランスの建築状況。
  6. エミール・カウフマン(Emil Kaufmann)、1993(1955)『理性の時代の建築 イギリス、イタリア編』(白井秀和訳)、中央公論美術出版 [C]
    ● 新古典時代のイギリス、イタリアの建築状況。
  7. Paul Virilio / Claude Parent, 1996 “The function of the oblique”, Architectural Association [A]
    ● 直角への疑念を身体論的に理論化した数少ない具体的なモダニズム批判の形態論。
  8. Albersey-Williams Hugh, 2003 “zoomorphic”, Harper Design International [B]
    ● 昨今多く見られる、動物的な有機的形状の分類とその発生根拠の理論化(展覧会カタログ)。
  9. 越後島研一、2003『現代建築の冒険』、中公新書 [A]
    ● 日本の現代建築をその形状によって分類し、形態進化史的に概説した、面白い本。
  10. ハンス・ゼ−デルマイヤー(Hans Sedlmayr)、1957『近代芸術の革命』(石川幸一訳)、美術出版社 [D]
    ● 近代芸術の純粋性と自律性を説いた書。
  11. ビアトリス・コロミーナ(Beatriz Colomina)、1996(1994)『マスメディアとしての近代建築—アドルフ・ロースとル・コルビュジェ』 (松畑強訳)、鹿島出版会 [B]
    ● モダニスト建築家のマスメディアとのかかわりという極めて重要でありながらあまり語られてこなかった建築史。
  12. 川向正人、1987 『アドルフ・ロース』、住まいの図書館 [C]
    ● ロース入門書。

第3講 質料の規則 スケルトンとブラックボックス – transparency

スケルトン?

ブラックボックス?

ケネス・フランプトンの『TECTONIC CULTURE』という本がある。2年程前、ある大学院のゼミで半年かけて輪読した。毎回図書館に皆で行き、出てくる建築家の作品集から、ドローイングから漁りながら、久しぶりにモダニズム建築家の勉強をした。なかなか面白い本だったので、事務所で開いている月1の勉強会でも輪読した。二度ほど読んでみて、確かにフランプトンの信念のようなものが伝わってくるのだが、どうしても腑に落ちない部分がある。

何故テクトニックであることがいいことなのか、その一番大事といえば大事なそのポイントがどうしても腑に落ちなかったのである。

しかし、二度の輪読も終えて少したったあるとき、その昔、素材をテーマとした雑誌(GA素材空間)の企画で考えていたことがテクトニックにオーバーラップしてきた。

素材論で考えていたことの中には、技術哲学、大袈裟に言えば文明論のようなこともあった。現名古屋工業大学の学長である柳田博昭先生からはテクノデモクラシーということばで誰でも分かる技術の重要性を強くお教えいただいた。その中には、技術をブラックボックス化してはいけないという教えがあった。

建築にもその話は共有されることがありそうだ。ローテクと言われながらも建築は大学の工学部で教えられるものであり、いろいろな側面から、工学的な研究成果が導入され、建物の様々な部位にブラックボックス化して侵入してきているのである。壁の内側、天井裏で、床の下に、何が起こっているか?使っている人でそこを覗いたことがある人はいますか?そう、柳田の教えに従えば、そういうところを隠して何かおこっても誰も何も治せないのでは駄目だということなのである。

技術のスケルトン化があるべき技術の姿の一つであり、柳田の推奨するテクノデモクラティック建築である正倉院とフランプトンの主張するテクトニック建築がどこかで重なって見えてくるのである。

I スケルトンなこと

1)Mac
2)スウォッチ
3)wrapデザイン

II ブラックボックス化する建築

1)コンビニ建築
a, 窒息建築
b, 感電建築

2)ディズニーランド建築

3)XL建築

III スケルトン派の系譜

1)ゼンパー

2)フランプトンによるテクトニクス
a, テクトニクス=部品
b, テクトニクス=ジョイント
c, テクトニクス=構造
d, テクトニクス=地面との関係が深くなる

3)ケーススタディハウスの建築家

IV 未来の材料論

1)平明性
2)少量性
3)多機能性

IV 造りの中に見えるもの

1)素材(場所)
2)技術(時代)

《参考文献》

[A]…講義の理解を深めるために是非一読を(入手も容易)。
[B]…講義の内容を発展的に拡張して理解したい人向け。
[C]…やや専門的だが、面白い本。
[D]…やや専門的かつ入手困難だが、それだけに興味のある方は是非。

  1. 柳田博明、1976『テクノデモクラシー宣言』、丸善新書 [B]
    ● 技術哲学者柳田の一般向け入門書。
  2. 柳田博明、1993『次世代素材インテリジェントマテリアル』、講談社ブルーバックス [C]
    ● 技術哲学者柳田の一般向け入門書。
  3. 坂牛卓、2000「実践するコンクリート」、『GA素材空間01』所収、A.D.A. EDITA Tokyo [C]
    ● 柳田に感化された坂牛のコンクリート論。
  4. SD 編、1999 『SD 実践するマテリアリティ』5月号、鹿島出版会 [C]
    ● 昨今の素材ブームの雑誌化、写真がきれい。
  5. ケネス・フランプトン(Kenneth Frampton)、2002(1983) 『テクトニックカルチャー』(松畑強/山本想太郎訳)、TOTO出版 [A]
    ● フランプトン渾身の力作。モダニスト、フランプトンの修正モダニズムということもできるか。
  6. 三上祐三、2001『シドニーオペラハウスの光と影』、彰国社 [B]
    ● シドニーオペラハウスを知るならこれ。
  7. 岸和郎/植田実 、1997『ケース・スタディ・ハウス』、住まいの図書館出版局 [B]
    ● ケース・スタディ・ハウスに詳しい日本人が多くコメントしている読みやすい入門書。

第2講 質料の規則 白無垢と色内掛け – color

白無垢

色内掛

ことの発端は学生時代にル・コルビュジェのサボワ邸を見に行ったときである。うそみたいな話だが、あの白い箱(と思われている)が当時のポストモダンよろしく1階と3階が5〜6色のパステルカラーに塗られていたのである。いったいどういうことか謎だった。これがオリジナルの色だと言うフランス人もいた。それから15年くらい経ち、5〜6年前に訪れたときは外部は白く塗り替えられて写真で紹介されているサボア邸の色に戻っていた。

あの幻のパステルカラーのサボア邸の謎は解明できていない。ペンキだからどれが本当の話か分からない。ミースがワイゼンホーフに作った住宅も、もとの色はピンクだと書いている本もある。

建築を色まみれにすることに強い興味があるわけではない。ただ色が強い力を持っていることを否定する気にはなれない。世界中の建築に接するときに、色だから起こる強い感動は紛れもなくあるからだ。

じゃあ一体それは何に起因するのか、そしてそれは色がどういう形で現れたときに表現の強度を持ちうるのか。そこに興味は移っていったのである。

サボアに行った2年後、アメリカ留学中に、僕のとったスタジオの先生であるリカルド・リゴレッタというメキシコの建築家に連れられ、彼の作品とバラガンの作品を見にメキシコへ行った。彼らメキシコの建築家はメキシカンピンク、イエロー、パープルという独特の彩度の高い色を三原色のように使うのである。そしてメキシコの強い太陽の光のもとでこれらの色は単純に物体の色としてだけではなく、空間内に反射して、その空間の空気をその色にしてしまうのである。このあたかもコップの水に絵の具を垂らし、水の色を変えてしまうようなそんな色(カッツの言う面色)の現れ方に強く惹かれるようになった。そうした面色としての色をどうしたら再現できるのか、その後いくつかの自分のプロジェクトで試してみることになった。

I 白と言われてきたモダニズム

1)ル・コルビュジェの白
a, コルの色彩変化
i. ローカルカラーの時代(1920年代初頭)
ii. 白の時代(1920年代)
iii. 自然素材の色への興味を示した時代(1930年代から1940年代前半)
iV. 極彩色の乱舞の時代(1940年代後半以降)

b, 白の時代

2)ホワイト派、グレー派

3)白と透明の器たち

II コルビュジェには色が生きていた

1)ローカルカラーの時代の色
—シュウォッブ邸

2)白の時代の色
a, ペサックの集合住宅
b, ワイゼンホーフ
c, ジャンヌレ邸、サボワ邸
d, 同時代の色(バウハウスの色)

3)極彩色の時代の色
a, チャンディガールの建物群
b, ユニテ

4)壁紙デザイン

III 同時代アートの色(ミニマリズムの色)

IV 物体色から空間色へ

—カッツの面色
a, バラガンの面色

V 白い色

—色は光
a, ガラスの色
b, 布の色1、2

付録1 コールハースの色
付録2 ノーマンフォスターの色
付録3 メンディーニの色

《参考文献》

[A]…講義の理解を深めるために是非一読を(入手も容易)。
[B]…講義の内容を発展的に拡張して理解したい人向け。
[C]…やや専門的だが、面白い本。
[D]…やや専門的かつ入手困難だが、それだけに興味のある方は是非。

  1. 村田純一、2002『色彩の哲学』、岩波書店 [A]
    ● 色彩論の本ではこれが一番面白い。
  2. 小町谷朝生、1991『色彩と感性のポリフォニー』、勁草書房 [B]
    ● 題名の示す通り、色と感性の交感をテーマとした良書。
  3. 小町谷朝生、1987『色彩のアルケオロジー』、勁草書房 [B]
    ● 色と人間とのかかわりの諸現象を分析。
  4. 大山正、1994『色彩心理学入門』、中公新書 [B]
    ● 色彩学の通史としてもっとも分かりやすい入門書。
  5. ルードウィヒ・ウィトゲンシュタイン(Ludwig Wittgenstein)、1997(1977)『色彩について』(中村昇/瀬島貞則訳)、新書館 [B]
    ● 色の公理と格闘する書。
  6. ゲーテ(J. W. V. Goethe)、2001『色彩論』(木村直司訳)、ちくま書房 [B]
    ● 色彩論の古典。
  7. レイトナー(B. Leitner)、1989(1976)『ウィトゲンシュタインの建築』(磯崎新訳)、青土社 [B]
    ● ウィトゲンシュタインの論理同様に彼の建築の緻密さが現れる。
  8. フィリップ・ジョンソン、ヘンリー=ラッセル・ヒッチコック(Philip Johnson, Henry-Russell Hitchcok)、1978(1932)『インターナショナル・スタイル』(武澤秀一訳)、鹿島出版会 [B]
    ● 四角く白い箱が何故生まれたか、その起源はここにある。
  9. テオ・ファン・ドゥースブルフ(Theo van Doesburg)、1993(1925)『新しい造形芸術の基礎概念 バウハウス叢書6 』 (宮島久雄訳)、中央公論美術出版 [B]
    ● バウハウス叢書はすべて当時のモダニズムの息吹が伝わる興味深い書。なかでもドゥースブルフはもっともラディカルなモダニストであり、その理論は力強い。
  10. Rem Koolhaas, Norman Foster, Alessandro Mendini, 2001 “Colours”, Birkhauser [C]
    ● 色はコールハースが語っても面白く(ロジカル)にはならないか?
  11. 谷川渥/坂牛卓対談、2003 「建築の質料とモダニズム」、『芸術の宇宙誌 谷川渥対談集』所収、右文書院 [C]
    ● 美学の逆説以来、一貫して近代美術の質料的考察を行う谷川氏と坂牛の質料(色)をめぐる対談。
  12. Arthur Ruegg (ed.), 1997 “Le Corbusier Polychromie architecturale”, Birkhauser [D]
    ● 今まで明かされなかったコルビュジェの色についての考察と、コルのカラーキーボードの復刻版。
  13. 林美佐、1995 『色彩の鍵盤ール・コルビュジェの建築と色彩』、ギャルリー・タイセイ [D]
    ● コルの色彩に関する(私の知る限り)日本で最初のまとまった論考。
  14. 藤幡正樹、1997『カラー・アズ・ア・コンセプト —デジタル時代の色彩論』、美術出版社 [D]
    ● 色彩のデジタル分析手法の紹介。

第1講 質料の規則 のっとるとでこつるとのっざら – smoothness

のっざら

のっざら

でこつる

でこつる

なんとなくこんなことを考え始めるようになったのは建築の仕事を始めてから7〜8年たったころだと思う。それは、建物の外装材料を決める時のことである。工事中の現場で鉄骨が立ち上がったころに普通僕たちはおおよそ決めていた外装材料をベニヤ板に張って適当な高さのところに貼り付けてみるものである。色とつや、材種を確認するためだ。比較のために、色や、テクスチャ、などを変えて多いときは10種類くらいのパネル(サブロク版といいう3尺×6尺くらいの大きさだ)を貼り付けて見る。

当たり前だが、こんなことをするのには、結構手間も暇もかかる。ついでにお金もかかる。一生ものの特注品なのだから念には念を入れて作るのはあたりまえとしても、ここまで慎重を期して作るだけの効果が得られているのかというと、実は、そんな微妙な差を気にしているのは建築家だけ、もっと言えば、その差が分かるのは当のその建物を設計した建築家だけ。だから、これは恐ろしいほどの自慰行為と言えなくもない。

その時以来、建築の表面の質感の視覚像は、割りと単純な原理に支配されていると考えるようになった。

1:建築はつるつるしているか、ざらざらしているかその程度の差で認識される。

2:ただし建築は遠くから見るときと、近くから見るときがある。(もちろんその中間が限りなくあるがとりあえずモノサシの両側を考える)その両方でつるつるざらざらは感じられる。

3:近くから見ているとき表面の質感を決めるのはミリ単位の表面の肌理なのだが、遠くから見るとき、(例えば高層ビルを100メートル離れたところか見るとき)表面の質感みたいなものを決めるのはもはやミリ単位の話ではなく、数十センチ、或いは数メートルのでっこみへっこみである。

4:そういうものは近くから見ているときは質感ではなく、かたちと呼ぶ範疇に入っているのだが、遠くからみると質感と呼ぶ範疇に滑り込んでくる。これが建築の特殊性である。

5:近くから見たときの「つるつる・ざらざら」という指標と遠くから見たときの「のっぺり・でこぼこ」という指標のマトリックスのどこかに建築の質感像は分類される。

6:ちょっと乱暴だが、この四つの分節以上の分節化は視覚の閾値を越えていて、余り意味のない領域に入る可能性がある。

I インターナショナルスタイルの教えがのっぺりつるつるを作った

1)マスからヴォリュームへ
2)ル・コルビュジェのレンガ積の家

II それまでの建築はでこぼこざらざらだった

III 現在1:のっざら

1)のっざらマテリアル
2)アラベスク
3)うろこ
4)甲冑
5)配管
6)アルゴリズミックビューティー
7)絵画に見るのっざら

IV 現在2:でこつる

1)でこつるマテリアル
2)ねめり反射
3)鏡反射
4)とんがり

《参考文献》

[A]…講義の理解を深めるために是非一読を(入手も容易)。
[B]…講義の内容を発展的に拡張して理解したい人向け。
[C]…やや専門的だが、面白い本。
[D]…やや専門的かつ入手困難だが、それだけに興味のある方は是非。

  1. フィリップ・ジョンソン、ヘンリー=ラッセル・ヒッチコック(Philip Johnson, Henry-Russell Hitchcok)、1978(1932)『インターナショナル・スタイル』(武澤秀一訳)、鹿島出版会 [A]
    ● 四角く白い箱が何故生まれたか、その起源はここにある。
  2. ジャン・ヌーベル展カタログ(東京オペラシティアートギャラリー)、2003、サントリーミュージアム [C]
    ● ヨーロッパ的な質料感を充満させる建築家ヌーベルの手の込んだ展覧会のもっと手の込んだ作品集と言説。
  3. 多木浩二、2001「電子テクノロジー社会と建築」8月号/「日常性と世界性」9月号/「そこに風景があった」10月号/「ノイズレスワールド」11月号/「建築あるいは非建築」12月号、『ユリイカ』所収、青土社 [B]
    ● 多木浩二が伊東、坂本、山本、妹島らの最近作をかたる興味深い論考。
  4. 藤幡正樹、1999『アートとコンピューター』、慶応義塾大学出版会 [D]
    ● 藤幡正樹によるコンピューターアートの射程。
  5. 坂根巌夫、2003『拡張された次元ー科学と芸術の相克を超えて』、NTT出版 [D]
    ● コンピューターアートの存在意義を確かめる含蓄のある論考。
  6. リチャード・ドーキンス(Richard Dawkins)、1993(1986)『ブラインド・ウォッチメイカー』(日高敏隆監訳)、早川書房 [B]
    ● 『利己的な遺伝子』で有名なドーキンスの進化論の名著。
  7. 三嶋博之、2000『エコロジカルマインド』、NHKブックス [A]
    ● アフォーダンスを知るならまずこの本から。特に建築とのかかわりはこの本がわかりやすい。
  8. アロイス・リーグル(A. Riegl)、1970(1893)『美術様式論』、岩崎美術社 [A]
    ● ゼンパーの唯物論に対し、芸術意思を説く古典的名著。
  9. ケネス・クラーク(Kenneth M. Clark)、1988 (1973)『ロマン主義の反逆』、小学館 [C]
    ● 質料の噴出をロマン主義にみる。
  10. 谷川渥、1993『美学の逆説』、勁草書房(2003、ちくま学芸文庫) [A]
    ● 私が質料問題に関心を持つようになった個人的に(もちろん一般的にも)大事な本。
  11. 谷川渥、1995『見ることの逸楽』、白水社 [B]
    ● 質料的芸術家の分析。
  12. 谷川渥、2003『廃墟の美学』、集英社新書 [B]
    ● 形式の奥に秘められた質料を暴くもの、それが廃墟。
  13. ポール・ヴァレリー(P. Valery)、1923「エウパリノスまたは建築家」、1978『建築論』(森田慶一訳)所収、東海大学出版会 [B]
    ● 詩人を建築家として規定。「人間が作るものと自然が作るものとはどう違うのかという問い」(柄谷)。
  14. 佐々木敦、2001『テクノイズ・マテリアリズム』、青土社 [B]
    ● 音楽の中に質料を見る。
  15. 柄谷行人、1983 『隠喩としての建築』、講談社(1989、講談社学術文庫) [A]
    ● 論考「形式化の諸問題」に形式の限界が語られる。
  16. 東浩紀、2001『動物化するポストモダン』、講談社 [A]
    ● ポストモダン再考の書として最もアクチュアルな時代分析。
  17. アレクサンドル・コジェーヴ、1987(1947)『ヘーゲル読解入門』、国文社 [B]
    ● アフォーダンス始まり。建築的にも大変興味深い書。
  18. ギブソン(J. J. Gibson)、1985(1979)『生態学的視覚論』(古崎敬訳)、サイエンス社 [B]
    ● アフォーダンス始まり。建築的にも大変興味深い書。
  19. 岩城見一、2001『感性論−エステティックス』、昭和堂 [B]
    ● そもそもの美学であるところの感性の論。資料問題は感性論抜きには語れない。
  20. ヴォルフガング・ヴェルシュ(Wolfgang Welsch)、1998(1990)『感性の思考—美的リアリティの変容』(小林信之訳)、勁草書房 [B]
    ● 著者が言うように、美学がアクチュアルになれるとするならそれは感性的思考という部分においてであろう。