第2講 コンテキスト Context

1. エルネスト・ロジャース:『カサベラ コンティニュイタ』

1.1 モダニズム批判:場所に対する無関心さや、全ての作品を突飛なものへと作り変えようという欲求を批判。むしろそのかわりに、直接的な物理的意味においても、歴史的な連続体としても、建築をその周囲の環境との対話として考えるべきだとする。
1.2 用語:ロジャースの使用した用語は「ル プレシテンツェ アンビアンタリ〔le preesistenze ambientali〕」環境に先在するもの
1.3 比較:建築が場所に対して応答することについての従来の議論——イギリスの「{地霊|ゲニウス・ロキ}」に比較するとロジャースの概念が特徴的なのは、都市が表出し、その居住者の意識のうちにある歴史的な継続性に絶対的な重要性を置いた点
1.4 影響:エリオット「歴史的な感覚は、過去が過ぎ去ってしまった認識だけではなく、過去が今あることの認識をも包含する」の影響も大きい

「現存する記念碑的な作品は、それら同士の間に理想的な秩序を形成しているのだが、そのなかに新しい(真に新しい)作品が導入されることによって修正が加えられるのである。現存の秩序は、新しい作品が出てくるまえにすでに成されている。そして、新しいものが付け加えられた後もなお秩序が保たれているためには、現存の秩序の_全体_が、たとえほんのわずかであっても変更されねばならないのである。こうして、個々の作品の全体に対する関係、釣り合い、価値などが再調整される。そして、これこそが古いものと新しいものとのあいだの順応なのである。ヨーロッパ文学、そして英文学の形式についての秩序概念を認めたものであれば誰もが、現在が過去によって導かれるのと同様に、過去が現在によって変更されるということを途方も無いことだと思うことはないだろう。(1917, 26−27)」

2. アルド・ロッシの『都市の建築』(1966)

2.1 『都市の建築』は部分的には、_アンビアンテ_という概念についてのさらなる探求
2.2 ロッシの異議:ロジャースの_アンビアンテ_という概念に対するロッシの批判とは、その概念が十分に具体的ではないというものだった。

3. クリストファー・アレグザンダーの一九六四年の「形の合成に関するノート」(1978)

「コンテクスト」を「環境〔environment〕」の同義語として使用

「全てのデザインの問題は、二つの存在の間の適合を達成しようとする努力から始まる。つまり、ここで問題となっている形態と、そのコンテクストである。形態が問題の解決となり、コンテクストが問題を定義する。」(15)
「デザインの目的とは、実現可能な最良の方法において要求を満たすことではなく、「形態とコンテクストとの間の不適合を防ぐことなのである。」(99)

4. コーリン・ロウ:一九六三年からコーネル大学で教え始めた

4.1 アーバン・デザイン・スタジオにおいて、一九六六年に「コンテクスチュアリズム」と「コンテクスチュアリスト」が建築の語彙へと導入。 モダニズム建築に対する批判
4.2 ロジャースとの差異:ロジャースはどのように建築を通じて歴史の弁証法的な過程が明らかにされるかという点について関心を持っていたのに対してロウはもっぱら建築作品の{形態的|フォーマル}な特性に注意を払っていた。
ex) アントワンヌ・ル・ポートルによるパリのオテル・ド・ボーヴェ(1652−55) −フランスの典型的都市邸宅が、際立った特色を失うことなく不整形な敷地に適合するように、圧縮され、変形
4.3 コーネルスタジオの「コンテクスト」についての関心:形についてのもの、とりわけ図と地の関係についての研究によって特徴づけられる
4.4 コーネル大学におけるコンテクスチュアリズムの集大成、ロウとコッターの『コラージュ・シティ(1978)』

5. ケネス・フランプトン 一九七六年 一九七五年のジェームズ・スターリングのデュッセルドルフ美術館の設計競技の応募作品について、「コンテクスチュアル」な内容の観点から批評

5.1 スターリングが自らの作品について「コンテクスト」の観点から語り始めた。
ex) 一九七一年: セント・アンドリュース大学のアートギャラリーの設計案について 「それは、_形式的_であり同時に_コンテクスチュアル_だった」と。(1998、153)

6. 一九八五年の論評のなかで、アメリカの批評家であるマイケル・ソーキン

「現在建築家たちが『コンテクスト』に夢中になっていることの帰結とは、いくらでも建て増しできることへのある種の共通の自信である。感受性が高く熟練した建築家であれば、どこにでも介入できるはずだという暗黙の議論があるのだ」。(148)

7. レム・コールハース

一九八九年のフランス国立図書館のコンペの設計についての「日記」のなかで、苛立たしげに以下のように書いている。

「しかしながら、そのような容器が都市との関係性をいまだ持つことができるだろうか。持つべきなのか。それは重要なのか。それとも、『くたばれコンテクスト』がテーマになるのか」。(1995、640)