第5回 他者性

03フラ・アンジェリコ、受胎告知、1437−46、サン・マルコ美術館(フィレンツェ)、wikimedia

コンテンポラリーダンスグループ、レニ・バッソの主宰者北島明子は自ら振り付けをする立場ながら、「割り当てられた位置に、決められたタイミングでいく」ということに違和感を感じると言う。それは振り付けの概念をそもそも否定しているようにも聞こえる。しかしここで彼女はコンタクト・インプロヴィゼーションという、ダンサー相互の位置関係で振り付けが変わるような方法を編み出した。

つまりダンサーの主体性で踊りを見せるのではなく一つの主体と他者との関係性を見せる振り付けを編み出したのである。建築にも似たようなところがある。建築家が自らの強い主体性を打ち出すことに違和感を感じる人が多い。あるいは創作とは常に主体性と他者性の表裏一体となった化合物なのかもしれない。しかし主体と他者はそう簡単に線引きできるものでもない。

目次

1.近代主体の成立

 1.1 ルネ・デカルト
 1.2 科学の発展が神の力を希薄にした
 1.3 科学が建築に与えたもの
 1.4 科学が主体性を奪う

2.近代主体の成立

 2.1 科学が人間主体に取って代わる
 2.2 哲学的考察
 2.3 シミュレーショニズム

3.主体崩壊後の可能性

 3.1 主体と表現の乖離
 3.2 建築専門誌の衰退
 3.3 他者の入り込む美学
 3.4 主体と他者の拮抗

《参考文献》

  1. 江藤淳、1993年(1978年初版)『成熟と喪失−母の崩壊−』、講談社文芸文庫
  2. 大塚英志、2004年、『「おたく」の精神史、1980年代論』、講談社現代新書
  3. 隈研吾、2004年『負ける建築』、岩波書店
  4. 谷川渥、1993年『美学の逆説』、勁草書房
  5. 橋本治、2002年、『人はなぜ「美しい」がわかるのか』、ちくま新書
  6. 当津武彦、1988年、『美の変貌−西洋美学史への展望』、世界思想社
  7. 多木浩二、2000年、『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』、岩波書店
  8. 松岡正剛、1995年、『フラジャイル−弱さからの出発』、筑摩書房
  9. テリー・イーグルトン、1996年、『美のイデオロギー』、訳・鈴木聡、他、紀伊国屋書店
  10. 佐々木健一、1995年、『美学辞典』、東京大学出版会