第8講 関係の規則 人間と妖怪 – parts

Diane Arbus
“Identical twins, Roselle, N.J.1967”
An Aperture Monograph

建築に限ったことではないのだが、表現行為とは、およそ、その全体性を構築することから始まる。文章を書くのだって、絵を描くのだって、全体の構成なり構図なりがあって、それを決めてこれからやることの全体観をつかむのが最初である。

建築などその最たるものでその全体の輪郭線を決定するのに建築の歴史が始まって以来、様々な手法が編み出されてきた。その多くは比例理論というものであり、そしてその大半は人体の大きさを基本にし、数学的に比例関係を作り上げるものであった。さてしかし、この全体性に異を唱えた人がいた。原広司である。その透徹した論理で建築を常に牽引してきた氏の30年近く前の著作『建築に何が可能か』の中で氏は全体から部分へ向かう建築の作り方に抗して、部分から全体へ向かう作り方を提唱する。

その時、彼の考えをサポートしていたのはこともあろうにコルビュジェであった。もちろんモダニズム建築と言うのはそれまでの様式建築のもっていた比例理論を廃し、「Form follows function」をそのバックボーンにおいたのだから分からないではない。しかしコルはモダニストの中では数少ない比例理論の継承者であった。言うまでも無く、『モデュロール』が彼の比例理論の集大成である。科学的な近代人を目指すコルビュジェにとって全体は科学的に決まらなければならなかった。しかし、彼は一方でアンビバレントに部分部分を別個に作り上げる、部分建築の作り方としての「近代建築の5つの教え」をも開発したのである。

さて、かく言う自分にとっても建築部分論は魅力的である。それは表現形式の中でも建築が持つ特性に起因する。それは建築の内外性である。内外性とは(僕の造語だが)、建築は彫刻と違い、外側と内側があるということだ。そして、この二重性が部分を強く浮上させる。

全体性は確かに、外側からは見渡せるものだが、内側からは認識しづらい。そして内側に入ると、部分が五感を刺激する一方、全体観は把握されにくい。建築は人との間にこうした関係を結ぶ宿命を持っているのである。つまり、部分は建築体験の半分を担う表現の強度を内在させているのである。

I 人間建築の系譜
−比例理論の系譜
a, ヴィトルヴィウス
b, ヴィニョーラ
c, ハンビッジ
d, モーゼル
e, コルビュジェ

II 妖怪建築の登場
−原広司の部分論
−『建築に何が可能か』
i. コルの開いた全体性
ii. 部分の個性化と統一のためのファンクション

III 妖怪人間ル・コルビュジェ
−妖怪建築宣言

IV カーンの形式

VI 妖怪の分析

V 人間のような妖怪
−サカウシの窓論
a, 連窓の家
b, #2
c, #3

《参考文献》

[A]…講義の理解を深めるために是非一読を(入手も容易)。
[B]…講義の内容を発展的に拡張して理解したい人向け。
[C]…やや専門的だが、面白い本。
[D]…やや専門的かつ入手困難だが、それだけに興味のある方は是非。

  1. 柳亮、1965『黄金分割 ピラミッドからル・コルビュジェまで』、美術出版社 [B]
    ● 比例理論の歴史と黄金分割の概説書。
  2. ウィトルーウィウス(Vitruvius Pollio, Marcus), 1979(前1世紀)『ウィトルーウィウス建築書』(森田慶一訳)、東海大学出版会 [C]
    ● 世界で最も古い現存する建築論。
  3. Veronica Biermann, 2003 “Architectural Theory”, Taschen [D]
    ● ルネサンス以来の世界の建築理論の概説書(とても便利)。
  4. ジョン・サマーソン(John Summerson), 1976(1963)『古典主義建築の系譜』(鈴木博之訳)、中央公論美術出版 [B]
    ● 古典主義建築のオーソドックスな概説書(私が留学中、ジェンクスが教科書として使っていた)。
  5. ル・コルビュジエ(Le Corbusier), 1976(1948)『モデュロール』(吉阪隆正訳)、鹿島出版会 [C]
    ● コルビュジェの比例理論の集大成。
  6. 原広司、1967『建築に何が可能か』、学芸書林 [B]
    ● 有孔体理論確立の書。
  7. 原広司、1976『空間<機能から様相へ>』、岩波書店 [A]
    ● 日本人によるまともなモダニズム批判。
  8. フレドリック・ジェイムソン(Fredric Jameson)、1998(1994) 『時間の種子』(松浦俊輔+小野木明恵訳)、青土社[B]
    ● 後期資本主義のポストモダン分析。
  9. 坂牛卓、2002「窓を巡って」、『建築技術』2002年2月号 [B]
    ● 部分を拡大していくことの視覚的意味と効果を論じた作品論。
  10. ヴィンケルマン(J. J. Winckelmann)、1976(1755)『ギリシア美術模倣論』(澤柳大五郎訳)、座右宝刊行会 [B]
    ● 18世紀の視線をギリシャに向かわせた古典的名著。